天下泰平 赤穂浪士の仇討ち 忠臣蔵

戦国~幕末

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日本の歴史上、布マスク配布と並ぶ最悪の悪政といわれた生類憐みの令。しかしその生類哀れみの令とは、現在では当前の事となった道徳心に溢れる内容でした。

ダメ将軍でも知られる第5代将軍徳川綱吉ですが、譜代、外様問わず能力のある者を取り立てるという方針を打ち出しています。じつは儒教にも精通した知識人でしたが、江戸の人達の評価は残念なものでした。

そんな折、江戸城内で浅野長矩(あさのながのり)が吉良義央(きらよしなか)を斬り付けるという事件が起こるのです。

いや、布マスク配布だって100年後の評価は分からんですよ…

令和2年(2,020年)、安倍晋三首相の「布マスク配布の令」で日本国民の多くの命が救われた(諸説あり)

赤穂事件

元禄14年(1,701年)3月14日、江戸城では朝廷からの使者に対する接待が行われていました。儀式の最中に赤穂藩主浅野長矩は、江戸城内の松の廊下を歩いていた幕府高家(儀式などを司る)吉良義央を斬り付けました。この時すでに60歳を越える義央は、斬りつけられ倒れながらも慌てて必死に逃げます。しかし振り返った所をさらに斬られ、顔にも傷を負いました。

使われたのが礼式用の小刀だったのと、長矩がすぐに取り押さえられた事で、義央は一命を取り止めています。

長矩に強い殺意が感じられ、両者の間に何らかの確執があった事は間違いなさそうです。しかし実は具体的な動機はハッキリとしてないません。誇りを傷付けられるような何かを義央に言われたといった感じだとは思いますが、その内容が語られる事はなく、長矩は即日切腹となり自害されました。

これは赤穂事件といわれ、主君の仇討ちの物語は忠臣蔵で知られていますね。長矩の動機については色々な説がありますが、創作物では吉良義央が悪者で描かれる事が多いようです。

吉良義央 無罪放免

武士同士の喧嘩は死に直結する事が多い事から、喧嘩両成敗という考えがあります。

赤穂事件は一方的に長矩が斬り付けている事からこれを喧嘩とはいえないという向きもありますが、相応の理由があれば喧嘩扱いになるとの事。しかしその理由が分からず、義央はお咎めなしとなりました。

ただ、取り調べは行われたともいないともいわれていて、要するに資料に乏しいんですよね。ただ、この時に両成敗とせず長矩だけ切腹させた事も、3代将軍綱吉の評価を下げる結果となっています。

まあ綱吉としては寝耳に水って感じでしょうけど、民衆から嫌われている人はそんなもんです。

討ち入り

浅野長矩の切腹と赤穂藩の改易(武士に対する降格処分)が伝わると、赤穂藩では筆頭家老大石内蔵助(おおいしくらのすけ)を中心に連日会議が行われます。幕府からは城を明け渡すように要請されますが、吉良義央が裁かれなかった事に対する抗議として籠城しようという意見が多く出ました。

内蔵助は籠城をよしとせず、赤穂城の前で切腹する事を決断。ただ、これは義央に対する処罰を幕府に考えてもらおうというもので本気ではなかった様子。しかし家老大野九郎兵衛がこれに異議を唱え、けっきょく内蔵助は城を明け渡す事にします。そして最終的には吉良邸への討ち入りが決められました。

元禄15年(1,702年)、決行日が12月14日に決められ、最後まで残った47人で決行する事となります(46人説も)。吉良邸の前で表門と裏門に部隊が分けられ、門を壊して侵入していきます。途中、邸内にいた義央の家臣と交戦。それらを退け寝室に入るもすでに義央の姿はありませんでした。捜索する中、物置ような部屋から2人の家臣が斬り付けてきます。これを討ち倒し中にいた者も槍でめった刺しにし殺害。これが吉良義央だったのでした。

義央を討ち取ると合図が出され、赤穂浪士47人が集合。討ち入りは、わずか2時間程で目的を果たすという手際の良さでした。吉良側の犠牲者は15人といわれています。

赤穂浪士の最後

赤穂浪士たちは泉岳寺に眠る主君、浅野長矩の墓前に義央の首を供えた後、事の顛末を幕府に報告。その判断を仰ぎます。幕府は主君の仇討ちとは認めず、引き上げの時に離脱したと思われる1人を除く、46人の切腹が決定されます。

元禄16年(1,703年)2月14日、江戸の民からは称賛された赤穂浪士46人の切腹が決行されました。

終わりに

いかがでしたでしょうか?

主君の仇討ちとして美談のように語られる赤穂事件ですが、実際は主君である浅野長矩の謀反の理由もハッキリせず、仇討ちは成功するもその後は切腹という結果となりました。

赤穂事件が終わった後も、富士山の噴火など、この頃は数々の自然災害が発生しています。人々の評価は低いまま第5代将軍綱吉は、1,709年にその生涯を終えました。

ちなみに綱吉は、生類憐みの令だけは残してくれと遺言?を残したのですが、次の将軍になった途端に廃止されていくのでした…

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